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日本共産党は、平和の党でも非暴力の党でもない

 

日本共産党は、平和の党でも非暴力の党でもない。それは、日本共産党前中央 委員会議長で、現在、党中央委員会常任幹部会委員、党付属社会科学研究所所長である不破哲三氏の最近の著作である『マルクス、エンゲルス 革命論研究』(新日本出版社 2010年1月10日初版)にも、具体的に記述されている。不破氏は、暴力革命を、強力革命と言い換えながら、暴力の使用を放棄していない。

 

日本共産党は、暴力反対で平和を愛する人たちの集まりではない。実現を目的としている共産主義社会が実現すれば、暴力を必要としない、戦争の起こりようのない絶対平和の社会が実現すると主張しているだけである。その目的の実現のためには、暴力を含むあらゆる手段を否定していない。また、なぜ、平和の実現を目的とするかといえば、平和な世の中が人民の利益を実現するからと言う理由であり、平和そのものには価値を認めていない。共産主義者が目標とするのは、労働者階級による政治的権力の獲得である。マルクスが起草した第一インターナショナル創立宣言にも、「労働者階級による政治的権力の獲得』が明記されていた。

 

それでは、不破氏の著作である書籍『マルクス、エンゲルス革命論研究』を見てみよう。なお、不破氏は、マルクスの発言を全面的に肯定している。

 

上巻

248ページ

 ブルジョアジーの戦争だから全部侵略戦争だ、反動戦争だといって、片づけるわけにはゆかない時代でした。そこには、社会進歩と平和の利益からいって、労働者階級が支持できる進歩的意義をもつ戦争もあれば、反対すべき侵略的、反動的な戦争もある、なかには、中立的な立場をとるのが妥当な戦争もあります。マルクス、エンゲルスは、一つひとつの戦争について、そういう見地でその性格を吟味し、労働者階級のとるべき態度を提起しました。

 

274ページ

 だから、将来、「強力的」衝突が不可避になるだろうから、といって、今日の「強力的反革命」を正当化しようとする議論を、「事実としてある『平和的』発展にたいする強力的反革命のおたけび」と断じたのは、まさにマルクスの名言です。それは、体制維持のためには手段を選ばないという旧体制の代表者たちの無法性をきわだたせ、変革者の側が「強力」的な手段をとることを「やむをえないもの」とする結果をもたらすのです。

 エンゲルスは、1880年代から90年代にかけて、ドイツの労働者の闘争が大きな前進をとげ、決戦の時代をどのように迎えるべきかがいよいよ切実な問題になりつつあった時期に、この問題でも多くの貴重な助言をおこないました。「お先に討ちたまえ、ブルジョアの紳士諸君!」というのは、エンゲルスがドイツの労働者党にその時与えた有名な合言葉で、「合法性」は、ブルジョアジーなど旧体制の側に先に破らせろ、という意味です。

 

下巻

26ページ

 革命には、その支配体制の性格や革命をめぐる情勢に応じて、議会の多数を得ての革命の場合もあれば、武力で既成権力をたおす以外に革命の道がないという場合もあります。それに応じて、旧来の国家機構のどこが切り捨てるべき部分になり、どこが引き継ぐべき「正当な諸機能」の部分にあたるかも違ってきます。

 

68ページ

 ロンドン協議会(71年9月)での演説で、マルクスは、次のように発言しています。

「われわれは各国政府に言わなければならない。君らがプロレタリアに対抗する武装した力だということを、われわれは知っている。われわれは、可能なところでは平和的な方法で、また、必要とあれば武器をとって、君らとたたかうだろう、と」(「労働者階級の政治活動についてのマルクスの演説の記録」全集17、622ページ)

 

155ページ

 マルクスはここで、・・・・、農民が革命の妨害勢力となるか、革命の側に接近する方向をとるかは、なによりも、労働者革命と労働者階級の政権が農民にたいしてどういう態度でのぞむか、にかかっている、と述べます。そして、労働者階級の政府は、農民の利益と気分を害するような方策は絶対にとらず、農民の状態を直接に改善する諸方策をとるべきだとするのです。

 

187ページ

 ドイツで多数者革命の道を進むにあたって、エンゲルスが重視したもう一つの点は、支配階級の側からいかなる恫喝や籠絡があろうとも、労働者階級とその党は、自分たちが専制政治のもとでの「合法性」の枠内にとどまるという誓約は絶対にしない、ということです。

 

190ページ

 エンゲルスの大事な助言があります。それは、革命の条件が成熟し、議会内から、実力で争いあう議会外の舞台に闘争の主戦場が移される事態が来たとしても、革命勢力の側から先に合法性を破るようなことはするな、合法的な枠組みを捨てて、実力闘争の火蓋をきることは、権力者の側、ブルジョアジーの側にやらせようではないか、こういう忠告です。