ホームページへ

革命家ゲバラの著作に見る「労働」全体主義

 

共産主義思想は、「労働」全体主義である。「働かないこと」、「欠勤」は悪である。また、指導者は、伝説の労働者、超人的に仕事ができる人間として神格化される。永久に「理想」を追い求めたとして、若者の間で神格化されているゲバラの著作から、そのことを見てみたい。以下は、私が、昔書いた、論文である。労働全体主義、その他、共産主義の本質がわかる。

 

今年(2008年)は、キューバの独裁者カストロの盟友であったゲバラの死後、40周年にあたる。世界各地で、映画が作成されたり、お祭りが開催されたりするらしい。内容は、ゲバラを「真の革命戦士」として称賛するものらしい。実際、今でもゲバラをかっこいいと誤解する青年が絶えない。こともろうに、保守陣営の中にもゲバラを称賛する者もいる。

 

しかし、ゲバラはキューバを強制収容所列島化した張本人。世界で一番長く牢屋に入っている政治犯は、キューバにいる。世界人権宣言を所持していただけで逮捕される国キューバ。そのキューバを作ったのがゲバラだ。ゲバラを許すな。

 

今回私は、ゲバラ選集4巻(青木書店昭和44年)とゲバラ日記(朝日新聞外報部昭和43年)を軽く読んだ。間違った思想家であるゲバラの真実を語りたい。

 

そもそも若者がゲバラをかっこいいと勘違いする最大の理由が、カストロはキューバの政治家となったが、ゲバラは、キューバの革命だけでは満足せずに、世界革命を求めて南アメリカに潜入し、ゲリラ活動を続けたということである。このように、「革命」にすべてをささげるのが、若者にはかっこよく見えるらしい。

 

しかし、ゲバラの年譜を見ると、そのようなゲバラの生き方は正確ではない。ゲバラは、キューバ「革命」が成功した時、政府の首脳となった。初代の工業相などを歴任し、キューバ政府を代表して、国連や世界中で演説している。そのようにして1959年から1965年半ばまですごしたが、カストロ首相と別れて、ボリビアでゲリラ活動を開始したのである。そして、1967年、ボリビア革命に失敗し、捕えられ、処刑される。キューバ革命が成功した後、さらなる革命を求めて他国にわたったなどというかっこいい話しではなく、キューバで六年ほど政府の首脳をしている。

 

しかも、朝日新聞のゲバラ日記によると、ゲバラはカストロと路線闘争で決定的な衝突を起こし、キューバを離れざるを得なくなったということである。キューバの革命家たちと対立し、アルジェからハバナに戻ったゲバラは、カストロと二日間ぶっとおしで話し合ったという。彼の主張はキューバを益するところはないと悟ったゲバラは、キューバを離れざるを得なかったのである。カストロへの別れの手紙は、読む人をほろりとさせるというが、路線闘争の違いによる別離はふれられておらず、意味のない手紙である。

 

 

ゲバラの書いたものからは、あまり思想的なものは感じられない。ほとんどの文章が、「祖国か死か!われわれは勝利する。」というかけ声で終わる勇ましいだけのものである。「革命ゲリラ」は最高であるなどとあちらこちらに書いてあるが、どうしてかっこいいか何の説明もない、空虚なスローガンで満ち溢れている。

 

それでもところどころに断片的なマルクス主義のイデオロギー的文章がある。拾ってみる。

 

「ゲリラ兵士は、すぐれた解放の戦士である。つまり、人民の選良であり、解放闘争においてみずから戦う前衛である。」第一巻34ページ

 

「戦争の高まり、人間の友愛が最高度に高められる瞬間を利用して、住民の気持ちの許すかぎり、あらゆるかたちの共同作業を奨励すべきである。」第一巻118ページ

 

「いまや、キューバ人民には一つの仕事が課せられている。前進をつづけ、それらの矛盾をなくし、新しい社会関係をつくってゆき、みんなを働いてパンを稼ぐ人間に改造することである。労働と汗でそうしようではないか。技術に負けずに機会を駆使し、文化を享受し、大衆の教育者に変わったスポーツを楽しみながら、できるだけ爽快に、できるだけ人間らしく、できるだけおもしろく働けるように努力しようではないか。この世を全員が夢見た、真の地上の楽園にしようではないか。世界がその楽園になるためには、もちろん世界のあらゆるとことで搾取者をなくすことが必要だ。彼らは侵略者なのだ。」第一巻344ページ

 

「社会主義社会は絶対に民主主義的であり、決定からしても民主的である。というのは、それは人民の必要と願望とに基礎をおき、人民がすべての決定に、完全な参与権を持っている社会である。」第二巻51ページ

 

「欠勤を防ぐ闘争は、完全に教育の分野である。欠勤は国民的に重大な欠陥であり、高給が支払われる職種にとってはいっそう悪い結果になる。現在必要とされている一ヶ月の平均的労働時間だけ働かずに生活することが、社会的に見ていかに悪徳であるかを大衆が理解するならば・・・」第二巻278ページ

 

「われわれがたたかうべきもう一つの相手は、欠勤である。欠勤はまだはびこっている。それは、たぶん、つかうものがないのにお金がありすぎるから起こることであり、現在起こっている。しかし、社会的性格をもつ手段や、集団的手段や、大衆との討論によって、また、それがひきおこす害毒を論理的に説明することによって、欠勤ともたたかうことができる。同志諸君、最終的には、これらの方法がうまくいかないなら、われわれは強制的な手段を使う時期にきていると思う。」第二巻301ページ

 

「職場で他の同志からものを盗むような労働者は、労働者階級の真の一員ではない。それと同じように、われわれが裁き、処罰しなければならない、一連の社会的性格をもった犯罪がある。危険がせまったときに塹壕から逃げる。すなわち機械から逃げる・・・。」第二巻302ページ

 

「諸君はたいてい、サトウキビがどんなものであるか知っているし、10時間も同一速度で刈り取れないこともご存じだ。カストロ同志は、仕事についていた10時間中、直接刈り取りの手を休めたのは八分だけだった。しかも、その八分は刈り取る場所を変えるのに費やしたものである。・・・カストロ同志は、トラクターに乗っても、どんな運転手よりも倍多い仕事をするのがわかる。・・・彼にどうしてそんなことができるのか?カストロ同志は労働に心から情熱をささげているのだ!」第三巻70ページ

 

「社会民主党は、戦争を人類の紛争の解決の残忍な方法としてあくまで非難するが、社会が階級にわかれ、人間による人間の搾取が存在するかぎり、戦争は不可欠であることを知っている。(と、レーニンは述べた。)」第三巻219ページ

 

「教育の機会を優先的に与えられるのは、むかしのように、縁者、「頭のよい者」、「マルクス主義を修得した者」ではない。最も優秀な労働者、つまり革命に対する態度、日常の労働、熱意と犠牲心によって、指導党のメンバーとしてのすぐれた資質を示した人々である。」第三巻252ページ。

 

「共産主義社会の達成は、労働が苦痛な必要であることをやめ、楽しい至上命令にかわる」第三巻292ページ

 

「われわれがはいろうとしている社会主義制度ないし社会主義建設の時期の特徴は、国家のために個人を犠牲にすることである。」第四巻174ページ